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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)99号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証の一(本願考案に係る明細書及び図面)、二(本願考案の昭和五五年五月一九日付け手続補正書)並びに三(本願考案の昭和五六年四月一五日付け手続補正書)によると、

(1) 本願考案は、「外装変速機を備えた自転車の変速は、複数個の異径のスプロケツトを支持する軸の軸心に略平行に変速機のシフターを移行させ、チエンを所望のスプロケツトに噛合させることによつて行なわれる」(甲第二号証の一第三頁第三行ないし第七行)ところ、「この変速動作が円滑、迅速且つ確実に行なわれるか否かは、(中略)主としてチエンとスプロケツトの噛合離脱がスムーズに行なわれるか否かによつて決定される」(同頁第七行ないし第一一行)ので、この噛合離脱をスムーズに行わせて変速性能の向上を図るべく、「チエン本来の性能の低下を招くことなき範囲でチエンの形状を改善する」(同第四頁第三行ないし第五行)との技術課題を解決するため、前記本願考案の要旨に記載の構成を採用したこと、

(2) その結果、「チエン(D)の外プレート(1)のスプロケツト歯を導入する部分に設けられた膨出部(A)の下面(12)がスプロケツト(10)の歯先に引掛り易い形状となつている為極めて容易に前記チエンの乗り上げを可能と」(同第七頁第一七行ないし末行、甲第二号証の三第三頁第四行ないし第六行)し、「大径スプロケツト(10)の歯先(11)に乗り上げたチエン(D)は、その外プレート(1)の外方に膨出された膨出部(A)に基づき開拡された空間(6)に歯先(11)が案内されて滑り込むことにより、大径スプロケツト(10)の歯底(13)に向け落下し歯底(13)にローラ(3)が納まつて掛替え操作が完了する」(甲第二号証の一第八頁第二行ないし第五行、甲第二号証の三第三頁第七行ないし第一一行)こと、そして、「大径スプロケツトから小径スプロケツトヘのチエンの掛換えにおいてもチエン(D)の大径スプロケツト(10)からの離脱及び小径スプロケツト(9)の歯底(13)への落下が本考案の膨出部(A)の作用により円滑に行えるので、この場合のチエンの掛換えも円滑、迅速且つ確実に行うことができる」(甲第二号証の一第八頁第一七行ないし第九頁第三行)こと、

(3) しかも、「前記膨出部(A)が外プレート(1)の一定範囲にのみ形成してあり、少くとも前後ローラピン(4)(4)を結ぶ線上及びその周辺部(8)は平坦部(B)としてあつて、外プレート(1)に負荷される張力によつては外プレート(1)が伸びることなきように構成されている結果長時間の使用によつてもチエン本来の性能の低下を招かないこと」(甲第二号証の一第九頁第四行ないし第一二行、甲第二号証の二第三頁第一六行ないし第一八行)が認められる。

2 次に、引用例記載の考案についてみると、

(1) 成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例記載の考案は、「ペダルによる駆動トルクを、クランク軸に装着した多段フロントギヤから後車輪ハブに装着した多段フリーホイールに伝達して後車輪を駆動させる様にした自転車の駆動用チエン」(第一頁、考案の詳細な説明の項第一行ないし第五行)におけるインナーリンクとアウターリンクの両端を結合するピンの「端部はアウターリンクの外面から外方に突出しているために、チエンが高速ギヤ側に少しオーバーシフトすると該ピンの端部が高速ギヤの歯と接触して音鳴りが生じ、更にこのチエンがオーバーシフトするとピンの端部が高速ギヤの歯に引掛つて、このチエンが持上げられることになり、その結果高速ギヤヘの掛換えがスムーズにできなくて変速性が悪くなるばかりか、音鳴りも激しくなる問題が生じる」(第二頁第一八行ないし第三頁第七行)し、「該チエンのピン端部と変速装置(12)のチエンガイド(12a)とが摩擦接触することになり、その結果特にチエンガイドの摩耗が多くなる問題もあつた」(第三頁第一〇行ないし第一三行)ので、「特に多段フロントギヤに於て歯数差が大きくともその各ギヤ間のチエンの掛換え、特に低速ギヤから高速ギヤに掛換える場合におけるチエン側面と高速ギヤの歯との接触をスムーズにして変速性を向上することができると共に、音鳴りを少なくでき、かつこの変速時におけるチエンの側面と変速装置のチエンガイドとの接触面を多くしてチエンガイドの摩耗を少なくすることのできる自転車の駆動用チエンを提供」(第四頁第一行ないし第九行)することを目的とし、右目的を達成するため後述の特徴を有する構成を採用したものであることが認められる。

(2) 引用例記載の考案では、インナーリンク(1)、(1)とアウターリンク(6)、(6)及びこれら両リンクの両端を結合するピン(7)とから成り、ピン(7)にローラを支持するごとくしたチエンにおいて、アウターリンク(6)、(6)の一部を、ピン(7)の端部より外方に膨出させたことを特徴とするものであり、この構成により、チエン(A)が低速ギヤ(10a)から高速ギヤ(10b)に掛け換えられるときには、該チエンにおけるアウターリンク(6)、(6)の膨出部が高速ギヤ(10b)の歯と変速装置(12)のチエンガイド(12a)と接触することになり、したがつて、低速ギヤ(10a)から高速ギヤ(10b)にチエン(A)を掛け換えようとして変速装置(12)を操作したとき、このチエン(A)がオーバーシフトして最外側の一方側膨出部(6a)が高速ギヤ(10b)の歯に接触したとしても、このギヤの歯は膨出部(6a)に沿つて滑るので、この接触によつてチエン(A)が持ち上げられるようなことがなく極めてスムーズに歯と噛合するのであり、その結果変速性を向上できるとともに、接触による音鳴りを少なくできるのであり、また、この変速装置(12)によるチエン(A)の掛換え時、変速装置(12)のチエンガイド(12a)にはチエン(A)の最外側の一方側膨出部(6a)が接触することになるから、その接触面を多くでき、その結果チエン(A)との接触部におけるチエンガイド(12a)の摩耗を従来構造のものに比べて非常に少なくできるものであることについては、当事者間に争いがない。

3 原告らは、引用例においては、本願考案の外プレート(1)に対応するアウターリンク(6)、(6)の、ギヤの歯(スプロケツトの歯)を導入する部分の縁部を外方に膨出させてその内方に開拡された空間を有する膨出部が開示されていないから、この点において、本願考案と引用例記載の考案との間に相違点があるのに、審決は、右相違点、並びにこの相違点に基づき本願考案が奏する作用効果を看過、誤認したと主張する。

(1) 右1、2でみたところによると、本願考案は、外装変速機を備えた自転車の変速をするために複数個の異径のスプロケツトにチエンを掛け換える際、変速動作を円滑、迅速かつ確実に行うためにチエンとスプロケツトの噛合離脱をスムーズに行わせることを目的としているのに対し、引用例記載の考案では、各ギヤ間のチエンの掛換え、特に低速ギヤ(スプロケツト)から高速ギヤに掛け換える場合におけるチエン側面と高速ギヤの歯との接触をスムーズにして変速性を向上することができるとともに、音鳴りを少なくでき、かつこの変速時におけるチエンの側面と変速装置のチエンガイドとの接触面を多くしてチエンガイドの摩耗を少なくすることのできる自転車の駆動用チエンを提供することが目的とされている。したがつて、両者の考案の目的は完全には一致していないことが明らかである。

(2) 本願考案においては、スプロケツト(10)の歯先(11)を導入する外プレート(1)の部分の縁部を外方に膨出させてその内方に開拡された空間を有する膨出部を形成するという構成を採用したのに対し、引用例記載の考案においては、アウターリンク(6)、(6)(本願考案の外プレート(1)に相当する。)の一部を、ピン(7)の端部より外方に膨出させたという構成を採用しているのであつて、アウターリンク(6)、(6)の、ギアの歯(スプロケツトの歯)を導入する部分の縁部を外方に膨出させてその内方に開拡された空間を有する形状のものでない。そして、本願考案においては、大径スプロケツト(10)の歯先(11)に乗り上げたチエン(D)は、その外プレート(1)の外方に膨出された膨出部(A)に基づき開拡された空間(6)に歯先(11)が案内されて滑り込むことにより、大径スプロケツト(10)の歯底(13)に向け落下するのであつて、チエンとスプロケツトとの噛合をスムーズに行わせるのに、外プレートの膨出部の内面をその作用面としたものということができる。これに対して引用例記載の考案においては、ギヤの歯はアウターリンク(6)、(6)の膨出部(6a)、(6a)に沿つて滑るので、この接触によつてチエン(A)が持ち上げられるようなことがなくスムーズにギヤの歯と噛合し、また、変速装置(12)によるチエン(A)の掛換え時、変速装置(12)のチエンガイド(12a)にはチエン(A)の最外側の一方側膨出部(6a)が接触することになるから、その接触面を多くできるようにするので、チエンガイド(12a)の摩耗を少なくするのであつて、このようにチエンとギヤ(スプロケツト)との噛合をスムーズに行わせ、また、チエンガイドの摩耗を少なくするのに、アウターリンク(外プレート)の膨出部の外面をその作用面としたものであるというべきである。

(3) さらに、直接にチエンの掛換えに係る作用効果についてみても、右(2)で判示した構成によつて、引用例記載の考案においては、チエン(A)が低速ギヤ(10a)から高速ギヤ(10b)に掛け換えられるときには、ギヤの歯はチエン(A)におけるアウターリンク(6)、(6)の膨出部(6a)、(6a)に沿つて滑るので、この接触によつてチエン(A)が持ち上げられるようなことがなく極めてスムーズにギヤの歯と噛合するのであり、この点において変速性を向上できるとともに、接触による音鳴りを少なくできるという作用効果を奏するものであるのに対し、本願考案においては、チエン(D)の外プレート(1)の膨出部(A)の下面(12)がスプロケツト(10)の歯先に引つ掛かりやすい形状となつているため、極めて容易にチエン(D)の乗り上げが可能となり、この点においてチエン(D)の掛換えを円滑、迅速かつ確実に行うことができるという作用効果を奏するものであることは前記1、2でみたとおりである。このように、構成を異にしていることによつて、本願考案は、引用例記載の考案が奏しない作用効果を奏するものというべきである。

(4) 被告は、引用例の実用新案登録請求の範囲には、アウターリンク(6)の膨出の態様について、「アウターリンクの一部を、(中略)ピンの端部より外方に膨出させた」と記載されているところ、右の記載は、極めて上位の概念で限定がなされているから、右記載の構成要件は、引用例の第1ないし第4図(本判決別紙図面(2))記載のものに限られず、引用例記載の考案についての昭和五四年四月二日付け手続補正書である甲第九号証の第1図、第2図(本判決別紙図面(4))に示されるものや、本願考案の図面に示されるものをも包含する旨主張する。

前掲甲第三号証によると、引用例の実用新案登録請求の範囲に被告の右主張のような記載があることが認められるが、右記載が、アウターリンク(外プレート)の部分の縁部の内方に開拡された空間を有する膨出部を形成するという構成要件を有する本願考案の図面に示されるものをも包含するということはできない。また、引用例記載の考案についての昭和五四年四月二日付け手続補正書である甲第九号証の第1図、第2図(本判決別紙図面(4))は、もとより引用例ではないから、この記載そのものをもつて、本願考案との対比判断をすることはできない。

被告の右主張は理由がない。

4 そうすると、本願考案と引用例記載の考案とは、前記3(2)、(3)でみた点において構成及び作用効果の相違があり、「本願考案の構成及び作用効果は、引用例にすべて記載されているので、本願考案は、引用例に記載された考案と実質的に同一であ」ると認定、判断した審決は、この相違点を看過、誤認したものというべきであるから、違法であつて取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。

外装変速機のシフト操作により所望のスプロケツトに噛合せしめられて変速作用を営む自転車用チエンにおいて、外プレートのスプロケツト歯を導入する部分の縁部を外方に膨出させてその内方に開拡された空間を有する膨出部を形成し、変速に際して該膨出部にスプロケツトの歯先を引掛け、更に前記空間に該歯先を案内して滑り込むように構成した自転車用チエン。

(別紙図面(1)参照)

〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(1)

<省略>

<省略>

<省略>

別紙図面(2)

<省略>

<省略>

(以下省略)

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